「100年安心の年金制度」という言葉を耳にすることが多くなりましたが、この内容を誤って理解している人が多いのではないかと思います。
このフレーズを「100歳まで安心して年金を受け取れる制度」と解釈していませんか?
実際は「今後100年間、年金制度が財政的に破綻しない制度」という意味になります。
「100年安心の年金制度」とは?
上記にも記載した通り「100歳まで安心して年金を受け取れる制度」ではなく、年金制度が「今後100年間にわたって財政的に破綻しないこと」を意味しています。
このフレーズは、日本の年金制度の持続可能性を示すために使われています。
具体的には、少子高齢化が進む日本において、年金制度が財政的に破綻しないように設計されていることを強調するための表現です。
日本の合計特殊出生率(その年の15歳から49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの)が、2023年度は1.20と過去最高を記録するなど人口構造が急速に変化しており、少子高齢化が進む中で年金制度が持続可能であることを示すことは、国民生活の安定性を表す意味でも非常に重要です。
少子高齢化によって年金を支える現役世代(=20歳~60歳)の人口が減少し、受給者(=60歳以上の高齢者)の割合が増加しています。
特殊出生率の低下は現役世代の減少を加速させますので、このままでは年金制度が破綻するリスクが高まります。
こうした状況に対応するために、政府は様々な施策を講じています。
例えば政府は年金制度の見直しを定期的に行うなど、年金財政の健全性を確保するための様々な対策を講じています。
下記にその対応策の一部を紹介します。
年金財政健全化のための対応策
対策例1)マクロ経済スライドの導入
マクロ経済スライドは平成16年(2004年)の年金制度改正で導入された、物価や賃金に合わせて年金額の改定率を調整することで、年金の給付水準を調整する仕組みです。
これにより、経済状況に応じた柔軟な年金給付が可能となり、年金財政の安定性が向上します。
具体的には、賃金や物価変動による年金の改定率から、現役世代の減少と平均余命の伸びに応じて算出した「スライド調整率」を差し引くことによって、年金の給付水準を調整します。
以前はインフレ(物価上昇)や賃金上昇があった場合、その上昇幅に合わせて年金支給額も上昇していましたが、そこに現役世代の減少割合と平均余命の伸び(=受給者数の増加)を加味して年金支給額を決める機能を追加しました。
つまり(残念なことに)物価上昇の割合ほど、年金支給額は伸びないという事です。
対策例2)年金積立金の運用
集められた年金資金は、全額年金の支払いに充てられているわけではなく、一部資金は株式・債券等で運用されています。
公的年金を運用するのは「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」で、これまでの運用益は150兆円と非常に大きな金額になっています。
特に2023年度の運用残高は245兆円にも上り、近年の株価好調もあいまって、2023年単年だけで45兆円もの運用益を稼ぎました。
※GPIFは、Government(政府)、Pension(年金)、Investment(投資)、Fund(基金)の頭文字をとったものです。
年金積立金の運用は、株式の株価変動・為替変動リスクを取りながら、日本および世界の経済成長を年金制度に活用するために運用されています。
株式・債権の割合(ポートフォリオ)は事前に定められていて、国内株式・債権、海外株式・債券は各25%をメドとして運用されています。(6~8%の変動許容=バッファあり)
※年金積立金管理運用独立行政法人の公式HPより
そのため、例えば日本株が好調で割合が許容範囲を超えると、一部株式を売却して債権や海外株式を購入してバランスを取るように運営されています。
対策例3)税金補填による負担
年金財政の一部を税金で補填することも行われてます。
これにより年金制度の財政基盤を安定させることができています。
例えば、消費税増税によって得られた財源の一部を年金制度に充てることで、財政の健全性を維持しています。
対策例4)少子化対策
少子化対策として、子育て支援や働き方改革が進められています。
これにより現役世代の増加を目指し、年金保険料を支える人口を維持することが期待されています。
育児休業制度の充実や保育施設の拡充など、働く親が安心して子育てできる環境を整えることで出生率の向上を目指しています。
ただこの施策の問題点は、効果が出るまで(=納税者になるまで)20年以上かかるため時間が掛かる点です。
対策例5)多様な年金制度の導入
公的年金に加え、企業年金や個人年金の普及も進められています。
これらにより公的年金に対する依存度を減少させ、年金制度全体の安定性を高めることができます。
例えば、企業が従業員のために確定拠出年金を導入することで、従業員は自分で年金資産を運用し、将来の年金受給額を増やすことができます。
数年前に話題になった「老後2,000万円問題」など、公的年金だけでは生活していけないケースが想定されるため、資産運用など個人での行動も重要になってきます。
検討案
続いて、まだ実施はされていないものの、現在検討されている案などを紹介します。
対策例1)支給開始年齢の引き上げ
政府は、年金の支給開始年齢を段階的に引き上げることを検討しています。
これにより、年金受給期間が短縮され、年金制度の財政負担が軽減されます。
例えば、現行の支給開始年齢を65歳から67歳に引き上げることで、年金の支払い総額を減少させることができます。
ただ、この対策は私たちにとって嬉しい対応ではありません。
受給年齢に近づくと支給開始年が引き上げられて受け取れなくなることを揶揄して、「蜃気楼年金」という言葉も生まれました。
対策例2)厚生年金保険料の上限引き上げ
厚生年金保険料率は2004年から段階的に引き上げられ、2017年9月に「18.3%」まで引き上げられ、それ以降は18.3%で固定されています。
2004年: 13.58%
2005年: 14.288%
2006年: 14.642%
2007年: 14.996%
2008年: 15.35%
2009年: 15.704%
2010年: 16.058%
2011年: 16.412%
2012年: 16.766%
2013年: 17.12%
2014年: 17.474%
2015年: 17.828%
2016年: 18.182%
2017年: 18.3%
※上記金額は厚生年金保険料の全体額です。
実際には会社と個人が折半して支払うため、個人の負担割合は9.15%になります。
この料率自体の引き上げ予定はありませんが、上限の引き上げが検討されています。
どういうことかと言うと、厚生年金保険料を計算する時は、実際の給与金額に直接上記割合をかけるのではなく、給与水準に基づいて決められる「標準報酬月額」という金額に18.3%を掛けて計算します。
【参考】標準報酬月額について
標準報酬月額は月収に応じて32段階の等級があり、最も高い等級の32等級は月収635,000円以上となっています。
そのため月給が635,000円の人と、月給3,000,000円の人も同じ金額の厚生年金保険料を支払っている事になります。
そこで政府(厚生労働省)は月収635,000円以上にも新たな等級を設け、保険料の上限引き上げを検討しています。
上限を引き上げることで、高収入の人により多くの厚生年金保険料を支払ってもらい、年金制度を安定させることを目的としています。
ただ保険料上限の引き上げを行うと、社会保険料は労使折半で会社負担の金額も増えるため、企業からの強い反発があり実施は難しいのが状況です。
まとめ
この記事の通り「100年安心の年金制度」とは、「100歳まで安心して年金を受け取れる制度」ではなく、年金制度が今後100年間にわたって財政的に破綻せず、持続可能であることを意味しています。
公的年金は国民生活を保障するものではなく、生活費の補助として支給する趣旨になりますので、これまで以上に加入者一人一人の貯蓄や資産運用などの行動が非常に重要になっていきます。